| 山崎はるかの回答---
結論から言うと、請求書に印があろうが なかろうが 効力に大差ないです。そもそも 多くの人が
かん違いしてますが、請求書の効力というのは、書類だけでは成立するものではありません。
請求とは「債務のある相手に請求する意志を伝え・それが相手に認知されて・支払う意志が相手にある場合にのみ
はじめて効力がある」といえます。カネもなければ、払う意志もない人に、どれだけご立派な請求書を渡したところで、効力があるとはいえません。
また
ハンコそのものについても、あまり理解されているとはいえません。そういう状況下で、「請求書」について語るのは難しいのですが、しかし
ここでは 法律用語を極力排します。そういうしったかぶりや、知識自慢をこのページの読者は求めていないはずです。
ここでは 私の知識と経験の範囲で、精一杯お答えします。
まず 用語を統一しておきましょう。
印鑑 → 印影のこと・つまり押された結果・言い換えるとインク側・正式には実印の印影 印章
→ ハンコ本体・物体側
これを おぼえておいてください。
「○○印章堂」というハンコ屋はあっても「××印鑑堂」というのがないのはそういう理由ですね。印鑑証明も、ハンコそのものを証明するのではなく、押した結果を証明したものです。
さて 印鑑と印章が 法律ではどういう差になって あらわれるかというと
印鑑 → 署名として扱われる 印章 →
身分証明として扱われる
という運用方法の違いとなって表面化します。 (※各行政法・刑法等)
微妙なニュアンスですから・・・ここでは
印章・つまりハンコそのものを持っていることは、免許証などと同じ「身分証明」の意味がある・・・とおぼえておいてくれれば
それでいいです。銀行で通帳からお金をおろすときのことを思い出せばいいのではないでしょうか。
さて。
では、印鑑(印影)を押した書類は何かといえば、その身分を「証明」できる人が「署名した結果」つまり・・・
「証明された書類」 → 「証書」
ということになるわけです。領収証と領収書の違いは、ハンコがある・ないの違いに過ぎない・・・という説もあるぐらいです。
シャチハタ印など汎用ゴム印の使用が、一部の証書で認められないのは、その証書の作成自体に本人の証明が必要なときがあるからです。他人がいくらでも発行できる「証書」など、証書たりえません。
さて、ここで請求書のハナシに戻りましょう。
事実、債権処理の民事裁判において最初に効力を発するのは、内容証明郵便の「局長印の入ったうつし側」であって、あなたの印鑑でも・それまでに送った受領証や請求書のコピーでもありません。あくまで
内容証明という「公文書」だからこそ効力を発し始めるのです。しかるに、自分のハンコに こだわることは あまり意味がありません。
よって 一般的な請求書は、次の要件を整えていれば「慣習的に」成立します。
- 冒頭に「請求書」と書くこと(→請求する意志を明確にする)
- 誰が請求するか書くこと(→普通は自分の名前・債権者を明確にする)
- 誰に対して請求しているか(→普通は相手の名前・債務者を明確にする)
- どんな理由で請求しているか(→通常は商品や役務の名称と金額・債務内容)
- いつまでにどのように支払ってほしいのか(→支払期限と方法の設定・ひいては延滞金や損害金の起算日になる)
- この請求書はいつ発行したのか(→普通は発行した年月日・時効の起算日となる)
もちろん、請求するモノが「金銭」とは限りません。アパートの立ち退き“請求”とか、リース品の返還“請求”など、役務や物体に関する要求も請求できます。そして
これらの請求行為は、なにも書面で行う必要はありません。口頭でもできます。
特に盲目の方を相手に書面で請求書を示しても意味はなく、口頭か点字で行うよりほかありません。(ただし盲目の方の場合、健常者の法定代理人や後見人がついているのが普通ですので、その人に対して書面で請求を行うことは意義のあることだと思います)
さて。
それにしても「口頭」にどうやって印鑑を押せというのでしょうか。空中でハンコをふりまわすのでしょうか?
これらのことから、もうおわかりでしょうが、債権者(求める者)が債務者(支払う者)に対して請求を行うこと自体に「印鑑」はもちろん
イモ判もサインすらも必要ありません。
相手に請求の意志が明確に伝われば、それで請求は完了するのです。
た・だ・し!!
「求める者」つまり債権者が、自分以外の者(代理)を使って、「請求する」場合は
ハナシが別です。この場合、印 がないと請求書の「正当性」や「一意性(この世にひとつ)」があいまいになります。
代理の者?ちょっとピンとこないでしょうね。 わかりやすいところでは「法人の請求行為」です。
法人というのは、物理的に存在しない人(法人格)を書類によって作り出し、それに国民としての権限を与えた存在です。「法人」も国民ですから、訴訟もできますし、請求権も持っています。お金も稼いでいいですし、納税の義務もあります。
ただし、書類によってつくりだされた人格である以上、肉体を持った「人」によってすべての法行為が行われます。つまり「法人」が
誰かに請求を行う場合、それは実際に存在する「人」を介して行わねばなりませんが、その人はけっして「○×産業株式会社」という名前ではなく、「鈴木一郎」など
ちゃんと名前を持った人のはずです。つまり、法人の請求を、人間が代理で行うにあたり、その請求が
はたして「法人の意志」なのか「個人の意志」なのかを はっきりさせねばなりません。
そこで「法人の意志たる証拠」として「請求書類」を「証書」とすべく、請求書に会社印を押して効力を強めているわけです。そして
これは「有印私文書」ですから、勝手に複製はできません。これがさらに信用を加えます。ただ、これも、もともとは
明治時代の慣例で、商慣習としての色合いが強く、それほどたいした意味があるものとは思えません。
むしろ「会社印」がないというだけで請求書を無効にすると、かえってとんでもないことになるかもしれませんよ。
事実、私は
そのように会社印を要求する商慣習の企業(ある新聞社系出版社)に出くわし、報酬の未払いをくらったことがありますが、その法務担当と弁護士に『社印がないというだけで債務の支払いを拒む根拠は何か!』と手紙を送ったところ、その質問には答えずに、翌日満額支払われました。
もちろん私がそれで済ますはずが無く、後日、さらにその「再請求」に要した切手代を請求しました。そして以後は、「電話一本」で請求を行ったのもいうまでもありません。
ただ支払う側としては、ハンコもない 紙切れ一枚に、銀行口座だけ書かれてあっても、それに振り込むのは かなり不安でしょうけどね。
02.07.05 |